カスタムバイクツーリング! GPZ900Rで瀬戸内海の島々を巡る
似て非なるGPZ900Rカスタム2台で瀬戸内海の美しい島々を巡った!
スペックエンジニアリングのコンプリートマシンに乗って、同店代表の瀬尾さんと僕(中村友彦)がツーリングをするのは、約3年ぶりのことだ。いくつかのアレンジが加わったものの、前回と同じく、今回もツーリング試乗のメインステージは瀬戸内海西側の安芸灘諸島。
瀬尾さんが設定してくれたルートは、荒れた路面の田舎道からスロットルをワイドオープンできる快走路まで、ありとあらゆる状況が揃っていて、テストの舞台には持ってこいだった。さらに言うなら、温暖で風が弱く穏やかで優しい雰囲気で、時間の流れが緩やかに思える瀬戸内地方は、ツーリングの舞台としても最高で、この日は2019年最高の1日と言いたくなるほど、楽しい時間を過ごせたのだ。
だが一方で、同店が手がけた2台の乗り味をどう表現するかで悩んでいる。確実に言えるのは以下の3つ。GPZ900R本来の資質が明確に維持されていること。それでいてSTDの重さや荒っぽさが消えていること(メカノイズは驚くほど少なかった)。抜群の環境適応能力を備えていること。これらは両車に共通する要素。
でも、実際の2台の乗り味は違っていて、あえて速度域で分けるなら、ライトカスタム風の1シリーズ(白×緑)は低中速域、足まわりを全面変更した3シリーズ(黒×緑)は中高速域重視という印象。そしてカスタムバイクの一般常識を前提に構成部品を比べると、3シリーズが完成形で、1シリーズは進化の途中? と連想してしまうが、その見方は誤りで、1シリーズは1シリーズで、ひとつの完成形に達していたのだ。
いずれにしても今回の試乗を通して、GPZ900Rカスタムの幅広さと奥深さ、そして瀬尾さんの引き出しの多さに、感心させられることになったのである。
さて、まずは3シリーズの乗り味から紹介しよう。この車両で印象的だったのは、先行する瀬尾さんに、コーナーで勝負を挑みたくなったこと。いや、その表現は誤解を招きそうだが、1シリーズと比較すると、コーナー進入時の減速が短時間で済み、乗り手からの指示を受けた車体が素早く旋回モードに入り、コーナーの立ち上がりで怒涛の加速が味わえる3シリーズに乗ると、もっと速く! という欲望が芽生えて来るのだ。
ただ、そういった感触が現代のスポーツバイク的かと言うと、まったくそうではないのも面白いところ。現代のスポーツバイクを常識的な速度で走らせていると、無造作な操作を行っても、減速→旋回→加速がサクッとこなせてしまい、無味乾燥に思えてしまうことがあるのだが、スペックエンジニアリングのGPZ900Rは常識的な速度で走っていても、操る手応えが明確に感じられる。その点については、1シリーズも同様で、そういう特性だからこそ、同店のコンプリートマシンは、どんな状況でもストレスを感じることなく、マシンとの対話を楽しみながら、長距離を走れるのだろう。
2台を乗り比べカスタムの正解がひとつではないことを痛感
続いては1シリーズの話。この車両のフロントフォーク、フロントブレーキキャリパーとディスク、スイングアーム、キャブレターなどは純正のままだから、前述した通り、パッと見はいわゆるライトカスタムである。でも、走らせるとその言葉に抵抗を感じる。
と言うのも、今回試乗した1シリーズは、ある意味ではGPZ900Rらしからぬ……と表現したくなるほど、とてつもなく自由自在でフレンドリーだったのだ。スポーツとツーリングが普通に楽しめるのはもちろん、日常の足にも気軽に使えるだろうし、その気になればダートにも入って行けそう。妙な例えになるけれど、利便性ではスーパーカブ、走破性や乗り心地ではアドベンチャーツアラーを思わせるところがあって、GPZ900Rでそんな感触が味わえるのは、僕にとっては予想外だった。
そして予想外と言えば、剛性の低さや反応の穏やかさが、バイクにとっては必ずしもマイナス要素ではない……ということに気づけたことも、嬉しい誤算だった。剛性が体感しやすいのはコーナリングで、1シリーズは3シリーズほどハードなブレーキングができないし、フルバンクからの加速中に路面の凹凸を通過すると、スイングアームが左右で異なる動きをしているような、ウネウネした感触がリヤから伝わることがある。また、スロットル操作に対するエンジンの反応も決して鋭くはないから、もし今回の試乗が峠道の往復だけだったら、僕は3シリーズに軍配を上げただろう。
ところが、ツーリングというシチュエーションの中で、1シリーズは3シリーズに微塵もヒケを取らない、互角の速さと楽しさを見せてくれたのである。ハードにかけられなくても姿勢制御の要として有効に使えるフロントブレーキ、ウネウネしても怖さを感じないリヤサスの設定、反応が鋭すぎないからこそ開けやすいスロットル……などあるのだが、こういったキメ細かな調整は、おそらく、すべての部分に及んでいるはず。加えれば、エンブレのフィーリングとシフトタッチも絶妙だった。
改めて考えると、カスタムの世界には高剛性でダイレクトな方が素晴らしいという風潮があるけれど、今回の試乗で、カスタムの正解がひとつだけではないことを痛感させられた。ちなみに、1→3→1という順序を経て、2度目に3シリーズに乗った際は、スポーツライディングの高揚感では、やっぱり3シリーズが一枚上手と感じたけれど、日没後の高速道路では1シリーズの適度なユルさが、ものすごくありがたかった。
そんなわけで、今回の2台は甲乙付け難いのだが、これから同店にコンプリート車を発注しようという人がいたら、お勧めしたいのは1シリーズの方だ。もちろん3シリーズにも捨て難い魅力があるけれど、各部のグレードアップを図るのは、同店による完全分解+精密組み立てが行われ、+αの要素を注入した、1シリーズを体験してからでも遅くはないと思う。
GPZ900R2台で今回走ったルートはこちら
スペックエンジニアリングの代表の瀬尾さんが今回のコンプリートマシン試乗用に考えてくれたルートは上の写真のようなもの。瀬戸内海西側の安芸灘諸島をメインステージにして様々な見どころを紹介していこう。
大和ミュージアム
スペックエンジニアリングの店舗からバイクで約30分で行ける観光スポット、大和ミュージアム/呉市海軍歴史科学館。その目玉と言ったら、戦艦大和に関するさまざまな展示。それだけでなく、零式艦上戦闘機六二型や特殊潜航艇の海龍、特攻兵器の回天、九三式魚雷など、他にも見るべき要素は盛りだくさん。屋外には1921年に就役し、1943年に広島湾沖柱島で原因不明の爆沈を遂げた、戦艦陸奥の砲塔やスクリュー、主碇などが並ぶ。
安芸灘大橋
安芸灘諸島を巡る“とびしま海道”の起点となる安芸灘大橋。この橋を渡っている段階で、約3年前の瀬尾さんとのツーリングを思い出した僕の心は一気にワクワク! 今回は下蒲刈島→上蒲刈島→豊島→大崎下島を走って、フェリーで大崎上島→竹原に渡ったが、そのルートに尾道と今治を結ぶ“しまなみ海道”を加えたら、さらに充実した島巡りツーリングが堪能できそうだ。
県民の浜
映画“海猿”のロケ地として有名になった下蒲刈島の県民の浜は、家族でもカップルでも、ツーリング仲間でも楽しめそうな巨大レジャースポットで、多種多様な宿泊プランも準備されている。総木造作りの輝きの館に加えて、2 /4 / 5 / 10人用のコテージもあるのだ。今回のように、日帰りで訪れて食事や海水浴、フィッシング、マリンスポーツ、ラドン温泉などを満喫することも可能だ。電話0823-66-1177 URL=http://kennhama.net/
食事処あび
県民の浜内にある食事処あびにて。同店の一番人気は鯛釜飯や魚の煮つけ/刺身がセットになったあび定食だが、この日は瀬尾さんと旧知の仲にして、自らの船で毎朝漁に出かける森川料理長(左)のご好意で、特別にタイのあら汁定食を用意していただけた。ちなみにタイの旬と言うと、一般的には3 ~ 6月と言われることが多いのだが、それは単純に水揚げが増えるからだそうで、実際には冬~春……のほうが美味しいらしい?
しまなみ海運フェリー(小長-明石)
ツーリング中のフェリー移動は、人によっては面倒に感じることがあるようだが、大崎下島と大崎上島を結ぶしまなみ開運フェリーは所用時間が約15分、その乗降手続きも簡単だから、面倒と感じる時間すらない。……と言うか、出港後に眼前に広がる美しい島々と海を眺めていたら、あっという間に到着である。旅客運賃は大人:330円/子供:170円で、バイクの運賃は原付:320円/ 750cc未満:420円/ 750cc以上:540円。
中の鼻灯台
写真の隅に“ロケ地:ヨーロッパ”と書きたくなるけれど、中の鼻灯台の場所はホテル清風館のすぐ近く。瀬戸の9灯台のひとつとして知られるこの施設が出来たのは、北九州から阪神方面に向かう石炭船が増えた明治27年のこと。過去に何度も改修が行われているが、円形で石造りの構成は当初から変わっていない。ちなみに諸元は、塗色構造:白塔形、灯質:群閃白光・毎13秒に3閃光、光達距離:11海里、塔高:5.1m、灯高:45m。
きのえ温泉 ホテル清風館
今日はもう、ここに泊まりたい……。僕と瀬尾さんだけではなく、同行の海保カメラマンもそう思った。大崎上島の東端にあるホテル清風館の最大の魅力は、切り立ったガケの上に設置された露天風呂で(日帰り入浴料金は700円)、そこからの眺めは絶品! のひと言。でもそれ以上に驚いたのはデラックスルームの豪華な雰囲気で、撮影中の我々はセレブ気分を満喫することとなった。電話0846-62-0555 URL=http://hotel-seifukan.co.jp/
山陽商船フェリー(垂水-竹原)
帰り道、大崎上島から竹原港に向かうフェリーでは、運が良ければ瀬戸内海に沈む夕陽が見られる……はずだったのだが、残念ながらそこまで神様は味方してくれなかった。旅客運賃は大人:350円/子供:180円で、バイクの運賃は原付:280円/ 750cc未満:410円/ 750cc以上:540円。ちなみに、瀬戸内海は海が穏やかなため、安芸灘諸島近辺のフェリーではよほどのことがな
い限り、船上でバイクをロープで固定などしないそうだ。
■取材協力・スペックエンジニアリング
※本企画はHeritage&Legends 2020年2月号に掲載されたものです。
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