キャブセッティングを行おうと、久しぶりに筑波サーキットに出かけたのに、走り始めて数分でトラブル発生……。なかなかガッカリする展開だったが、その修理で訪れたクオリティーワークスで、僕は意外な発見をすることになった。
連載第25回(2020年2月19日公開)で記したキャブセッティグを行うべく、2019年8月末、僕は久しぶりにヤマハTZR250(1KT)を筑波サーキットで走らせることにした。でも走り始めてわずか数分で、エンジンに違和感が発生。スロットルを大きく開けると、グモグモバラバラ……という反応で、どうにもこうにも加速しない。不安になった僕は、即座に走行を中止して主治医の山下さんに電話をかけ、クオリティーワークスに向かったのだ。
そうしたら原因は、1番気筒のインシュレーターの破損(キャブがブラ~ン状態になっていた)で、同店が在庫していた新品に交換すると、何事もなかったかのようにエンジンは復活したのである。とはいえ、スロットルを煽りながらエンジンの様子を見ていた山下さんはどことなく腑に落ちない表情で、「左右がバランスしていないですね」と言う。ってことは、もしかしたら、エンジンに何らかのダメージが出ているのか……?
しかし意外なことに、問題は破損したほうではない、2番気筒のインシュレーターだった。そもそもの話をするなら、僕の1KTはキャブ口径をφ28→32㎜に拡大しているので、インシュレーターにはかなりの負担がかかっている。今回のトラブルのきっかけは、その負担が限界に達したこと、と言えなくもないのだが(山下さんの見解によると、破損の直接的な原因は、僕のバンドの締め過ぎっぽい)、破損した1番とエンジンに装着したままの2番のインシュレーターをじっくり観察すると、奥の方でラバーが内側にグニュッと押し出され、吸気ポートを狭くする形で変形していることが発覚。その問題に今まで気づかなかったのは、おそらく、両気筒用が同じように変形していたからだろう。
となれば、2番のインシュレーターも新品に交換したいところだが、残念ながらこちらの在庫はなかったので、この日はとりあえず、内側にグニュッとハミ出たラバーをリューターで削ってもらって、問題は解決。いずれにしても、1番のインシュレーターを新品にしてエンジンがかかった時点で、早々に帰宅の準備を始めていた僕は、今回の出来事を通して、山下さんの観察眼の鋭さに、改めて感心することになったのだった。
さて、ここからは少し長めの余談である。1KTでサーキットを走るようになってから、僕は同時代のライバルだった、NSRの偉大さを再認識する機会が増えた。舞台がストリートなら、1KTが優勢と思える部分は多々あるものの、サーキットで速さを競うとなったら、1KTでNSRに立ち向かうのは容易ではない。
では、どうしてNSRは速いのか? 車体が完全にサーキット指向、電子制御を導入したPGMキャブの出来が秀逸……などの理由もあるのだが、前述したインシュレーターの作業を行っている最中、たまたま同店でオーバーホールを受けていた、NSRのエンジンパーツを見た僕は、これはレベルが違うわ……と感じてしまった。
中でもビックリしたのはシリンダーだ。NSRのポートが大きいことは、以前から知っていたけれど、この日の僕が感心したのは、側面に設置された、クランクケースと燃焼室を結ぶ掃気ポートの形状。1KTのポートを単なる通り道とするなら、NSRのポートはタマゴを思わせる、なだらかなアールで形成されていて、自分自身が混合気の気持ちになってみると、燃焼室にスムーズに入って行けるのは、間違いなくNSRのほう。
それに加えて興味を惹かれたのは、クランクケースのコンパクトさだ。もちろん、並列2気筒の1KTとVツインのNSRを比較したら、後者を小さく感じるのは当然なのだが、それにしたってNSRの駄肉の少なさは尋常ではない。よくもまあ’80年代中盤~後半の時点で、ここまで突き詰めた設計を行っていたものである。
そんなわけでまたしてもNSRの偉大さを思い知らされた僕だが、だからと言って1KTがイヤになっちゃったかと言うと、まったくそんなことはない。構造的にNSRに劣る部分があろうとも、まだまだ1KTを速くする余地はあるのだから。
キャブレターとの接合部がパックリ割れてしまった、1番気筒のインシュレーター。僕は汎用のステンレスバンドを使っているのだが、締め込みが規制される純正のバンドだったらこういう事態にはならなかったかもしれない。長年に渡って大径キャブを使用した結果として内側はイビツな形状になっており、これは2番気筒も同様だった。
ここからは、エンジンパーツに見るTZR250とNSR250Rの相違点を追っていこう。まずは掃気ポートの比較。TZR(1KT)はSUGOマニュアルに従った加工が施されているので、単純な比較はできないけれど、NSRのほうがスムーズに混合気が流れていきそうだ。
こちらは排気ポートの比較。上写真、NSRの排気ポートは中央に柱を設置して、左右を尖らせる形状だ。一方のTZR(1KT)はオーソドックスな四角形となっている。
そしてクランクケース。上写真のTZRはクランクケースも至ってオーソドックスで、主要3軸が合わせ面に並んでいる。NSRではカセット式ミッションを採用しているため、下写真の通り、合わせ面に設置される軸はクランクのみだ。
クランクケース外側から見た吸気ポートの実寸は、1KTが54.5×39mm(写真右)、その後継機2XTでは74.5×54.5mm。写真にないが、NSRは63.5×52.5mmだ。
並列2気筒のTZRのクランクシャフト(写真右)はベアリング4点支持で、中央にはかなり幅が広い、アルミ製ラビリンスシールが備わっている。一方のVツインのNSRのクランク(写真左)はベアリング3点支持で、1988年型以前は独立式だったセンターシールは、写真の'89年型からベアリング内蔵型に変更された。なお、クランクの構造については、安易に優劣は付けられないけれど、Vツインのほうがレスポンスはよさそうかな? 実測重量は、TZR:4.7kg、NSR:5.4kgだった。