井上ボーリングのエバースリーブ技術が特許取得!
エバースリーブ開発は偶然の発見がきっかけ
『減らないスリーブ』をテーマに、井上ボーリングが手がける、ICBM。6061-T6アルミ材からNC旋盤でスリーブを削り出し、その内壁にニッケルシリコンめっきを施した上でプラトーホーニング仕上げしたスリーブで、これまで4ストロークエンジン向けはもちろん、スリーブにポート穴の空く2スト用でも多くの製作実績を持つ。500件超の納品実績の中で、そのICBMを原因としたクレームは1件もなく、これを自信として2020年秋からは、万一、ICBMスリーブが使用限度を超えて摩耗した場合には再めっき修理を無償で施すという、永久無償修理まで打ち出した。
▲井上ボーリング・井上壯太郎代表。話題としたICBM、エバースリーブ以外も、2ストエンジン向け非接触シールのラビリなど、旧車向けアイテムを次々と実現中だ。
さて、そんな井上ボーリングがスタートした新サービスが、『エバースリーブ』、ICBM施工済みスリーブの単体販売だ。井上社長にその経緯を聞いていこう。「これまで、スリーブは鋳鉄製にしろ弊社のアルミ製にしろ、シリンダーへの挿入は焼き嵌めが基本でした。シリンダー側内径をあらかじめ、きつめ(内径を小さめ)にボーリングし、熱して膨張させた上でスリーブを圧入する。圧入することで、スリーブには極小とはいえ内径変化が生じますので、そこからオーダーに合わせて内径仕上げをしてホーニングしてきた。
ところがそんな作業をこなすうちに発見があった。焼き嵌めしたICBMスリーブは圧入後に同じアルミのシリンダーにすぐに圧着して、抜くことができない。ウチで圧入後に仕様変更を行うケースがあったのですが、ほんの僅かな嵌め合い代(しろ)のはずが、もう本当に抜けなくなってしまって。
それなら試しにと、嵌め合い代を取らずに冷間圧入を試すと、やはり一度エンジンに火を入れると一体化して抜けなくなる。さらに敢えてシリンダー側内径の大きくする隙間代をとって、すなわち余裕を持ったガタガタの状態で嵌め合わせても、エンジン稼働時になんの問題も起きなかったんです。ウチの実験車・ヤマハSDRなど、0・15mmの隙間代を設けて組みましたが、普通に乗れている。
これはアルミスリーブとアルミシリンダーという、熱膨張率が同じ素材で起こる現象で、エンジンに火を入れると膨張したアルミ同士が押し合い圧着してしまうと考えます。一度、圧着したスリーブとシリンダーは、エンジンが冷えても元のように隙間が生じることもない。これが鋳鉄スリーブは熱伝導率がアルミの約半分程度ですから、同じようにはいきません。 アルミ製シリンダーほどに鋳鉄のスリーブは膨張しませんから、シリンダー側内径を狭めて鋳鉄スリーブを焼き嵌めたとしても、膨張率の違いで隙間ができる。エンジン内パーツの稼働による振動にさらされた鋳鉄スリーブは動き続けて隙間は増大する。Zのエンジンオーバーホール時にシリンダーを外すと、力を入れずともスリーブが抜け落ちてしまうケースがありますが、その原因のひとつです。
▲鋳鉄スリーブ抜けを起こしたZ2のシリンダー例。酷い場合は冷間で抜け落ちることもある。ここまで来ると、熱がかかるとシリンダーとスリーブの熱膨張率の差で隙間が広がってオイルが上がり放熱性が下がるし、なによりスリーブが動きエンジンが回らないなど、性能低下につながってしまう。ICBMアルミスリーブへの入れ替えはスリーブ内壁の摩耗低減はもとより素材均一化で膨張率を揃えられ、長期間使用の際もこうしたトラブルを回避できる。
ともあれ、同じアルミ同士のスリーブとシリンダーが固着することがなぜ今まで知られなかったのか? 我々を含む旧来の内燃機屋は鋳鉄スリーブの入れ替えが主業務でしたし、バイクメーカーは、めっきシリンダーの導入時にはスリーブなど使わず、シリンダー自体をボーリングして直接、めっきを施した。旧車向けとして、アルミシリンダーにめっきを施すICBMを開発した弊社が偶然、この事実に気づいた、ということだと考えます」
多くの内燃機屋さんとスクラム組んで進みたい
この発見が今回のエバースリーブ発売に向けた特許取得の足がかりとなった。井上社長は続ける。
「ICBMアルミスリーブが焼き嵌め不要、つまり圧入による内径変化を危惧する必要がなくなったことで、あらかじめ内径仕上げとプラトーホーニングを施したスリーブを単体販売できることに気づきました。ICBMの7大メリット、ビッカース硬度2000(鋳鉄は高くても140程度)というシリンダー内壁へのニッケルシリコンめっき処理による圧倒的な耐摩耗性とフリクション低減、焼き付きにくさ、そしてシリンダー同様のアルミ素材への置換による軽量化、膨張率の均一化と、これによる放熱性向上、錆の不安解消……すべてを継承したまま、ユーザーにお届けできる。
エバースリーブを手にしたら、シリンダー側を0.05mmの隙間代でボーリングし、スリーブを差し込み、その後にわずかに嵌め合い代を取ったリングを圧入、スリーブ上端を押さえた上でそのシリンダー上面を面研して整えればOK。内燃機屋さんなら簡単な作業です。ユーザーもわざわざ弊社に依頼せずとも、近所の内燃機屋さんに頼めるから納期も短い。遠方なら往復の運送費などコストも下がるはず。
対応はまず、Z用からのラインナップを考えています。純正ピストンサイズのφ66mmと補修用のφ 66.5mm、φ67mm、φ69mm用をエバースリーブとして在庫・販売します。それ以上のサイズにも対応できますが、要相談ということで。
▲井上ボーリングが検討中のZ用エバースリーブの梱包。「桐の箱で」が井上社長のアイデアだ。
▲内壁はニッケルシリコンめっきを施した上にプラトーーニング仕上げ済み)と、押さえのリングが組み合わせられる。
▲プラトーホーニングの概念を面粗度計で見る。グラフ中央はスリーブ内壁面を示し、左がスリーブ本体で、右はピストン摺動側。スリーブ本体にはオイル溜まりの深い溝を刻みつつ、摺動面は平滑を保つ。オイル保持性が高く初期馴染みも良好となるメリットがある。
なぜなら、ZユーザーのICBMへのニーズは純正補修ピストンが使えるφ66・5mmが圧倒的に多く、ヘビーチューニングよりはZ本来の“味”を大事にする方が多いこと。古いバイクが大好きな弊社が『減らないスリーブ』を標榜したのも歴史的な名車、内燃機を次世代に引き継ぎたい思いからで、Zのお客さまの志向と合致して見えるから。ICBMはチューニングパーツではないのです。
減らないスリーブなど作ったら、内燃機屋の仕事はあがったりでは? とも言われますが、世の中にどれだけの内燃機があるか(笑)。エバースリーブはそんな内燃機を後世に残す、今まで競合だった内燃機屋の皆さんとスクラムを組み進むためのツールなんです。
そしてエバースリーブで、ライダーの皆さんに少なくともスリーブまわりに不安を抱えず、その分、例えばシリンダーヘッドやキャブレター、足まわりに注力してもらえる。Zなどもそうでしょうが、古いバイクはエンジン以外も、メンテナンスすべき箇所がたくさんありますからね(笑)」
簡単にスリーブ入れ替え可能をZ用シリンダーへの作業で見る
エバースリーブへの入れ替えがどれだけ簡単なものか、を知るためにZ用シリンダーで作業を拝見。
0.05mmの隙間代を取ったシリンダーに、スリーブは人力で差し込める。「スカスカに抜き差しできるでしょう(笑)」と井上社長。
ツバまで差し込んだら、わずかに嵌め代を取ったリングを圧入するだけだ。
後はシリンダー上面を面研して整えるだけ。エバースリーブの価格は4万4000円/本。
■取材協力・井上ボーリング
※本企画はHeritage&Legends 2021年12月号に掲載されたものです。
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