ニンジャ系エンジンのポイントをチューニング個体の経過から見る・トレーディングガレージ ナカガワ【前編】
内部加工や表面処理の経過を実際に確認する
TGナカガワはもう20年以上、GPZ-R系エンジンのチューニングを手がけてきた。それ以外のエンジンを含めると、履歴はもっと長く、多くある。この写真にあるようにGPZ-Rには、ZZRやGPZ、そしてZRXといった系列エンジンの互換性を生かして、メーカー自身が発展・弱点対策してきた内容を取り込む。それをステージメニューとしてユーザー向けに提供してきた。
排気量の変更もいくつかを設定し、複数あるムービングパーツにはバランスを取ってスムーズ化を図る。シリンダーヘッドへのオイルバイパスを増設して潤滑性を強化する。クランクケースのような動かないパーツに対しても、エッジのバリをあらかじめ落としたり、内壁のざらつきを落として、これらがエンジン内に回って起きるトラブルを予防する。
こうした出力を高める手法と、耐久性を高める手法(TGナカガワではセキュリティと呼ぶ)を、同店・中川さんは考え続け、試行錯誤を重ねてきた。ニンジャ系エンジンではZRX1200をベースに、10年少し前にはその出力で180ps超えを達成(1137cc仕様)。今では1224ccで200ps近い仕様もものにしている。
▲トレーディングガレージナカガワの代表、中川和彦さん、クランクメタル部を測定中。ニンジャ系エンジンのチューニングを幅広い視点から支えている。
そんな話を聞くと、どこでその出力を高めるのか。出力が上がった際の耐久性はどうなるのか。また、後継機ほど優位性が上がるのか? といった興味が湧いてくる。そこで今回、TGナカガワでチューニングされ実使用されたエンジンを2基、開けたタイミングで内部を見せてもらい、その興味の答えを探ることにした。
まず1基目は、TOTハーキュリーズクラスを走るGPZ-Rレーサーに積まれて2レースを走行したもの。ピストンは拭いただけ、他のパーツもバラして軽く洗浄した程度。基本は1164ccのZRX1200を使った180psオーバーの仕様で、各部分は見ての通り。しっかり洗浄して今から組み立てるものなのでは? と思うほどにきれいな状態だ。
「バルブの傘周囲がつぶれてしまったものがあったり、コンロッドボルトのスプラインがダメになっていたり、クランクメタルが摩耗したりという部分はありますが、全体的にはかなり良好です。シリンダーはめっきで3番シリンダーに少し傷があったため、ここはホーニングと修正を行っています。クロスハッチ(油膜保持のためにホーニング時に切られる多数の細かい交差溝)は1~2μで付け直ししてOKになってます。ピストンもサイドに少しの傷が入っていますが、消耗としては問題ないレベルですね」
全体的に良好なのは、冒頭に述べたような内燃機関をスムーズに動かす方法を、きちんといつものように施したからと理解できる。ただ「傷が入っているのに問題ない」というのは? という点についても、中川さんはきちんとした解決策を既に用意している。
「弊社独自のR-SHOT処理技術で復元できるんですね。バリのない程度の擦り傷ならR-SHOTを施して消せる上に、微細なディンプルを追加することでより深いオイル溜まりを作れる。応力も分散しますから、このあとの表面強度を高めることもできるんです。
このエンジンではミッションとシフトドラム、シフトフォークにも先に施してあって、その耐久性も確認できました。ミッションの作動はとてもスムーズだったとライダーも言ってます。再組み立て時にはカムホルダーやクランクにも施して、作動はよりスムーズにできます。そうすることでエンジン各部の延命効果もより高まります」
▲TOTハーキュリーズクラスを走る#11堀江昭さん(アマノジャク×TG中川×8810R。写真は'20年11月7日のKAGURADUKI STAGE)。見ての通り車両はGPZ900Rで、1分00秒のラップタイムで2レースを走ったのが今回のエンジンだ。
R-SHOTは、今のTGナカガワと切っても切り離せないメニューとなった。微細な樹脂メディアを媒体とともに対象物に打ち付けること(R-SHOT[D]と呼ぶ)で、中川さんが言うような効果を狙う表面処理。エンジンパーツのようなアルミ、鉄、チタンや、外部パーツのようなめっき表面にも施せる。さらに同様にして二硫化モリブデンを打ち付けるR-SHOT[M]も確立されて、両者はちょうどこの2月に特許庁の認可が下り、特許手法となった。
「おかげさまで、もっと活用幅が広がると思います。クランクメタルには[D]を施工していますが、今後はバルブなど、エンジン内部のほぼ全パーツに応用できる。すると摩耗、つまりパーツの互いの擦り減りが減ってパーツ個々の寿命も延びますし、回転や往復摩耗がスムーズになるとパワーデリバリーも良くなる。乗り手にも優しくなります。クランクまわりやカムシャフトのジャーナルをラッピングして、R-SHOTしたメタルやホルダーと組み合わせれば相乗効果もある。
GPZ-Rではミッションなどエンジン内部パーツで純正部品の廃番が進んでいるのが難点だったのですが、中古部品でも状態のいいもの、もしくは何とかなるものに施して、長く使うようにできる。しかも施せば、エンジンを壊してしまう確率も減らせるでしょう。
今回お見せするレーサーでも経過はいいと確認できました。もちろんストリートにも十分効きます」
CASE1・TOTで2レースを走ったZRX1200エンジン
CYLINDER-HEAD
バルブの重量合わせや摺り合わせ、燃焼室の容積合わせ、ポート研磨を行ったシリンダーヘッド(右大写真は燃焼室の様子)。カーボを落としただけだが、それでも十分にきれいな状態だ。
うっすらとカーボンが溜まっただけと思われたバルブだが、傘部の端が潰れていた。これは交換。バルブにもR-SHOTは施せるので、今後はその効果も見られるだろう。
CYLINDER
︎めっきシリンダーのためシリンダーのサイズはそのまま。走行後に傷があったためホーニングと修正を行ったが、次回使用にまったく問題ないレベルだ。クローズアップ写真の内壁左手に見える多数の交差溝がオイル保持等を行うクロスハッチ(切り直されたもの)。
PISTON
ピストンはφ79mmのボアをそのままにJE製鍛造ピストンを重量合わせ等を行って使用し、圧縮比を高めている。使用後にスカート部に傷が見られたが、これはR-SHOTで再生できる(変形やサイズの変化はなく、R-SHOT処理後にもサイズ変化はない)とのことで、その利点が生かせる。
CON-ROD
コンロッドも重量合わせして組まれていたが、基本的に本体は問題なし。ただ上の拡大写真のように、一部のコンロッドボルトが塑性変形し、スプライン(ずれ止めタテ溝)が潰れていたため交換される。ここは通常のメンテナンス範囲だ。
CAM SHAFT HOLDER
シリンダーヘッド上に載るカムシャフトを上からホールドするカムシャフトホルダー。下のように適度な当たりが見られるが、これは問題なし。今回、ここにもR-SHOTを施し、カムの回転のスムーズ化(油膜保持も期待できるため)を狙うことになる。
MISSION
ミッションには既にR-SHOTが施されて組まれていた。軽く油分を拭き取ってこの状態で、ギヤ歯にもドッグにもまったくダメージは見られなかった。下写真はこの状態のまま指を当ててギヤを空回ししてみたところで、1回(半回転ほど)力を入れると軽く1回転半くらい回る。中川さんはR-SHOT処理後の抵抗を測定したところ、4割低減していて、それが複数枚あることで作動のスムーズ化やタッチの向上が期待できるという。
SHIFT DRUM/FORK
ミッションのギヤを動かすシフトフォーク(写真内右、右側が進行方向)と表面に切られた溝内部をシフトフォークのフォーク部逆側のボスが動く仕組みのシフトドラムはエッジを処理してR-SHOTを施工。他パーツも含めて、マット調に見えるのがR-SHOT処理を受けた部分だ。ここもダメージはなく、作動はスムーズ。今後施工車は増えそうだ。
CRANKSHAFT
クランクシャフトはバランスを取った上でジャーナル(軸)とクランクピン(コンロッドがクランプされる箇所)をそれぞれラッピング処理。ラッピングとは#2000番台の砥石で当該部分を平滑研磨する作業で、クランクの回転とコンロッドの動きをスムーズ化できる。ここも問題なし。
ROCKER ARM
1バルブ1ロッカーアーム方式で都合16個が使われるロッカーアーム。カムに当たるスリッパー面も偏摩耗等はなく、正常だ。
CRANK METAL
クランクケースの軸受け部(下写真はその一部)に入れるクランクメタル(上。クランクジャーナルとの間には極薄油膜が入る)にも、TGナカガワではクリアランス測定した上でR-SHOTを施して使用。取り出されたメタル(穴はオイル通路)は適度な当たりによって光っている。
■取材協力・トレーディングガレージ ナカガワ
→後編へ続く
※本企画はHeritage&Legends 2021年4月号に掲載されたものです。
「ニンジャ系エンジンのポイントをチューニング個体の経過から見る・トレーディングガレージ ナカガワ」後編はコチラ!
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