大鶴義丹さんの初期型GSX-R再構築への持論と その答え合わせに見る油冷の現在地・テクニカルガレージRUN

油冷モデルは今、どう楽しむといいのだろうか。プライベートでも、まさにいちバイクファンの立ち位置を持つ俳優・大鶴義丹さんはGSX1100Sカタナに続いて油冷車を自ら探して手に入れ、およそ2年をかけて全バラから組み立てを行い、このほど完成させた。その車両にはどんなコンセプトがあってどう組まれたのか。そしてアドバイスを行ったテクニカルガレージ゙RUN・杉本卓弥さんはその仕上がりにどう答え合わせしたか。興味深いその内容を聞いてみた。

プライベートで現役時代のように組まれたGSX-R

現役時代そのままを思わせる全体のルックスに、現代らしい足まわりや超小型LEDウインカーなどを組み合わせたGSX-R1100。’88年型Jのカラーをまとっているが、ベースは’87年型Hだ。

▲大鶴義丹さんが自ら車両を調達、自宅で全バラから組み立てまで行った車両。ベースは'87GSX-R1100Hで'88年型の足まわりや外観を加えた“'87.5年型”的仕様。油冷+18インチの味わいを今楽しめるような作りとした。

「オーナーは俳優の大鶴義丹さんで、車両はご自身で組まれたものです。当店というか私は、その作業に対するアドバイスと法律的に資格者必須の作業および車検の取得から完成後の試乗と評価、諸々の手直しとセットアップを依頼されました。それ以外は全部義丹さんご自身での作業です。最初に相談を受けたときには “あ、また始まった。義丹さまのご乱心が……”(笑)。これはいろいろと働かされるんじゃないかと思いきや、実際、ボクはほとんど何にも苦労がなく、彼が独力で成し遂げましたね。いやホント凄いですよ」

▲テクニカルガレージRUNの杉本さんは大鶴さんの作業をプロの目で見て、今のストリートで乗れる油冷の要素を満たすと判断。ふたりはバイク仲間でもあり、プロショップとそのユーザーの正しい関係でもある。

こう言うのはテクニカルガレージRUNの杉本卓弥さん。掛け値なしで同店のヴァージョンアップコンプリートのような仕上がりを見せる車両が、プライベートによる仕事。そう言えば大鶴さんは3年ほど前にGSX1100Sカタナを同様に自らレストアし、その様子はYouTubeにもアップされた。その次のターゲットにGSX-Rが選ばれていたわけだ。

「元は前オーナーが諸事情で何年か放置されていた車両でしたが、フレームや外装を見ると大きな事故歴や深刻な問題はなさそう、それで作業にかかりました。全バラして組み立てる中で、今回は必要なところに今流のアップデートを加えています。H型がベースですけどホイールはワイド化したJ型、カラーもJ。’87.5年型みたいな感じですね」

▲俳優にして映画・舞台監督、タレントと多くの顔を持つ大鶴義丹さんは'68年生まれで4輪や2輪が趣味。乗り手としてもかなりのもの。映画「キリン~Point of No Re turn」の監督も務めた。

当の本人、大鶴さんは全体感をこう言う。歴代GSX-Rやハヤブサなどのヴァージョンアップコンプリートを乗り継ぎ、アドベンチャー(オフロードの腕も国際級)も所有する中での改めての油冷再探求。作業はカタナ同様に自宅リビングで行い、約2年をかけた。

「大鶴さんの作業は深夜でも早朝でも、ちょっと時間が空いている時に進めてるんですね。それで質問があると電話がかかってくる。深夜早朝当たり前(笑)。ここの組み方はどうなっているかとか、どうしたらいいかとか。

まあ大鶴さんはやり出すと一気に進めるタイプですし、こちらも長い付き合いの中でどの局面で連絡してきているか分かるので、楽しみながら対応しました。組み方も一般の方よりは知識もあるし、こちらのアドバイスもよく理解して、変なことや余計なことはもちろんしない。中途半端にやって変な状態でこちらに泣きつくような人ではないので、安心感はありました。

▲組み上がってTG-RUNに持ち込まれた状態。ここまで大鶴さんが自分で調べ、聞き、組んで、仕上げの試乗を杉本さんに頼んだ。

さすがに組み上がって“お前、最初に乗ってくれ”って言われた時は少し躊躇しましたけど。理由が“オレが組んだんだから爆発するかもしれない、だから頼む”でしたからね(笑)。それで最初、私もビビりながら乗ってみると(笑)、結構なレベルで組み上がってて、素人作業にありがちなボルトの締め過ぎやオイル漏れもない。組み方、締め方の難しい箇所も適正に組まれているのが分かる。

セットアップ後に一緒にサーキットランもして、後ろに付いて見ていても楽しそうに走れていました。プロの目から見てもたいしたものだなあ、すごいなと思えるくらいで、これは素人ではできないなと感心するくらいでした」

大鶴さん自身も面白く走れたとのことで、作る段階から走る段階へと、楽しみの軸が移った。

 

シンプルな油冷の良さと 難しさに向き合っていく

車両製作にあたってのポイントはどんなところにあったのだろうか。大鶴さんは言う。

「一番は廃番パーツでした。なければ組めないところもありますから、杉本くんに聞いたり、それこそ海外も含めてオークションで探したりを繰り返して、だいぶ詳しくなりました。今回は組めましたけど、将来を考えるとキャブレターのインシュレーターがないのが困ります。ノーマルキャブが使えなくなる。カタナのような単純なゴム製と違って内部に金属の骨みたいな部分があるから簡単に代替できないです。中古もなくて、そのうち痩せますからここは不安です。

組み方もマニュアルや動画も見ていくんですけど、それでもパーツの向きや取り回しの方向とかは分かりにくいから、杉本くんに聞く。そんな具合にプロの意見や技術がとても助けになっています。テクニクスにケイファクトリー、RUNには本当にお世話になったと思っています」

▲作業の様子はYouTube「大鶴義丹の他力本願」チャンネルに随時アップ。作業をしながら撮影する時間も熱意もだが、本人は記録のためとも。

フロントフォークはアンチノーズダイブ機構は壊れていなければ付けていていい(杉本さん)が、壊れていることも多いし、作動不良も。大鶴さんはその作動(電気式NEASの確実性)を疑問視してこれを外した上でTG-RUNスプリングを組み、セットアップをテクニクスに依頼した。これが「よく走る18インチに合う」(杉本さん)となって仕上がってきた。

ケイファクトリーではφ42.7㎜エキパイ/φ60.5㎜テールパイプ仕様のスペシャルチタンエキゾーストの製作を依頼。純正BST34SSキャブレター&エアクリーナーボックス仕様は苦労した(大鶴さん)とはいうものの、知人がかつて行っていたデータでのセッティングが合い、トップも良く、中間の谷もない、ストリートなら不満ない域にたどり着いたという。40年近い油冷の歴史の中でやり尽くしたはずのデータに使えるものがあったのも良かったわけだが、ここは今後も詰めたいという。

RUNに対しては、さすがプロだという的確なアドバイス。そして、ノーマルはすごいんだということを再確認もしたという大鶴さん。一方で油冷GSX-Rの、バイクとしてのシンプルな良さ、ちょっとしたトラブルがあっても何とかできるアナログ感の良さも改めて認識したとのことだ。

▲純正のSACSロゴと、アドバイス等で協力してもらったTG-RUNのステッカーの間にはそのRUNロゴを参考に製作した“テクニカルガレージ・GIT AN”ステッカーが貼られる。自らの作業の証だ。

シンプル・イズ・ベター。加えておきたいのは、この車両の仕様が、杉本さんが常々GSX-Rなどの油冷車に勧めていることをストレートに反映していることだ。現代のストリートを安心して安全に走るためのサスの強化、ブレーキ系の強化。そしてエンジン含めた各部リフレッシュを行うこと。先のアドバイス以前に、これらが仕様として決められていた。ここは参考にしたいところだ。

もうひとつ、大鶴さんが自分の作業以外で依頼したことには正規の価格で応じていること。いちバイクファンとして、プロの仕事を正しく理解しているからこそだ。ここまでの話を聞く間にも、俳優だからという印象はルックス以外にまったくなく、同じファンとしてバイク談義をしている感じだった。

 

ユーザーに合わせた コンプリートも提供

長い付き合いのある兄貴分のような存在(杉本さん)という大鶴さんの車両はこのように、18インチGSX-Rのひとつの参考にもなった。その上で見ておきたいのが、TG-RUNのヴァージョンアップ・コンプリートだ。作動を含めた各部の上質化を目標としたもので、オーナーの使い方に合わせたセットアップも特徴。

▲テクニカルガレージRUNのGSX-R1100。フレームの耐候性も考慮した17インチの ヴァージョンアップコンプリートだ。各部の解説はこちらのグドルキページでチェック!

現行車両でも行う一方で油冷各車のような古いモデルをベースにするケースもある。この車両はその後者の例で、’88年型GSX-R1100Jを元に前後17インチ化を軸にした足まわり/操作系の現代化を行っている。ホイールやチタンエキゾースト、アルミの燃料タンクにTG-RUNオリジナルシングルシート等での軽量化、ブレンボ・レーシングマスターなどでの操作性向上もだ。

その上でこの車両ではフレームに今後の劣化を抑えるブラックアルマイトも加えたフルブラック仕様として見た目の統一感も加えた。こちらは17インチで現代を走る仕様としているが、大鶴さんの18インチ仕様との答え合わせにもなっている。今から油冷を楽しむためのヒントとして、留め置いてほしい。

 

初期型GSX-Rにボルトオンできる TG-RUN新作の大容量オイルクーラー

テクニカルガレージRUNからは新作のオイルクーラーKITが登場する。初期型GSX-R1100に適合し、ノーマルにボルトオンの設計。クーラーコアは純正の10段に対して18段と段数を増し、厚みも増して容量をアップ。写真中はライン取り出し口、写真下は上側マウント。この秋には販売できそうだというから期待だ。

 

【協力】テクニカルガレージRUN TEL043-309-5189 〒260-0001千葉県千葉市中央区都町2-2-7 https://tg-run.com

※本企画はHeritage&Legends 2025年9月号に掲載された記事を再編集したものです。
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