3Dプリンターなどを駆使したリバースエンジニアリングで目指す油冷GSX-R向け部品の再生・m-tech
しっかり手を入れれば長く乗れる油冷機をどう見るか
他の’80年代名車の例に漏れず、好コンディションの油冷GSX-Rを入手するのは年を追う毎に難しくなっている──。取材のたびにそう繰り返すのは、m-techを主宰する松本圭司代表。最近はルーツモデルの750の人気が高まっているがただでさえ国内の残存車両は少なく、今後はさらなる価格高騰も予想されるという。
▲'02年創業のm-techを主宰する松本圭司さんは'74年生まれの今年50歳。自身チームでの'08年鈴鹿4耐での優勝を皮切りに、鈴鹿8耐などでもメカニックとして多数の参戦実績を持つ、GSX-Rひと筋の人。
「値段を聞いて驚かれる方も多いですが、その年式、そして良好な状態の中古車であることを考えれば当たり前でしょう。本気で油冷GSX-Rを入手して、これから楽しもうというなら、ユーザー側にも覚悟が必要な時代になりました。ただし、油冷機は頑丈ですから、一度きっちりと手を入れておけば、この先も10年20年と長く楽しめる車両でもあるんです」(松本さん)
▲こちらの1985年型GSX-R750は'24年春の東京モーターサイクルショーで展示された。REST-MODのテーマの下、往事の雰囲気を極力残しながら外装はフルリペイント、フレームやフォークアウターなど全剥離後に再研磨(フレームの剥離作業は本文の通りだ)してセラコート処理。メーターステーなど細かなパーツも再めっきして完成した。
’24年春に東京モーターサイクルショーに初出展した際に展示した初期型GSX-R750には、そんな同車の“今”が見える。
「製作テーマはREST-MOD(レストア&モディファイ)。ショーバイクですから1点の曇りも許されない。今、m-techが持つオリジナルパーツと技術を駆使して仕上げた車両なんです」(同)
▲2024年春の東京MCショーでのひとコマ。美しく仕立てられた初期型GSX-Rは油冷機ファン以外も、多くのギャラリーの目を惹いた。
圧巻はそのフレームで、傷んだクリアを全剥離した上で、手作業でヘアラインを再現しセラコート・クリアで仕上げたもの。この作業だけで50時間はかかったという力作。仕事としてはとても受けられない、と松本さん。売ってほしいという声がけもあるが、値付けするなら車両代も含めて700万円〜といった作業内容という。
▲m-tech GSX-R1100/m-techが買い取った車体を気に入った現オーナーが入手して、足まわりを中心に現代化カスタムが施された'88年型GSX-R1100。油冷GSX-R系でネックとなる外装のヤレやフレーム等の大きな腐蝕も見あたらなかったという極上車で、こうした車両に巡り会えるかは、今や運次第だ。
一方、もう一台として紹介してくれた1100は、状態の良かった(外装やフレーム、エンジンまわりはストックのままだ)車両を現オーナーが購入。足まわりとブレーキを中心に現代パーツで仕立て直した1台だ。参考までにこの車両のプライスは、車両代220万円+追加カスタムにかかった費用に収まったが「これほど状態の良い中古車は、まず見なくなった」(同)とか。
樹脂/ゴムパーツの製品化にも意欲的に取り組む!
そして今、m-tchが注力するのは、急速に枯渇が進む油冷GSX-Rの純正部品を置換するリプレイスパーツ開発への取り組みだ。
▲3Dプリンターを活用したリプレイスパーツ開発は好コンディションの油冷GSX-Rを維持するため。
「金属パーツなら作るところはいくらでもある。本当に困るのはゴム製品を含む樹脂パーツです。製造メーカーに頼もうにも大量生産しなければ型代償却ができず、とても現実的なプライスでは市場に提供できません」(松本さん)
▲は3Dプリンター内のパーツ製作風景で、小物パーツなら一度に10個以上の製作が可能だ。
そこでm-tchが選んだのが、KEYENCE製3次元測定機とStratasys社製3Dプリンターを導入しての、バイクのアフターマーケットでは初となるリバースエンジニアリングによる、リプレイスパーツの製造販売。耐油・耐熱、あるいは耐絶縁性に秀でた3Dプリンター向け樹脂素材を選び出し、すでにハーネスのコネクター部を完成。メインハーネスキットの部材として製品化した。上のタンクラバー類も市販化目前。また、これら市販化に合わせて3D LABO事業部も立ち上げた。
▲店内に設置された作業ルームのもの。写真内の右がキーエンスの3次元測定機で、左がストラタシス製3Dプリンター。ユーザーの個別対応には応じていない(コストが現実的ではない)がBtoBの取引は相談可能。実際に、4輪車用樹脂部品のリプレイスパーツの製作オーダーなども飛び込んでくる。
「チェーンスライダーやインシュレーターといった、特に耐摩耗性や柔軟性が必要なゴムパーツは残念ながらまだ3Dプリンターでは再現できません。けれど現在、大手ゴムメーカーとのコラボによる製品化を準備中です。年内にメドを立てて市販化に移したいと考えているのでご期待ください」(同)
ほかにもハイパープロ社製リヤショックを独自セッティングによる自社専売品として販売したりと、油冷GSX-R向けパーツの開発には意欲的。先の3Dプリンター向け樹脂素材も時間はかかるかもしれないが、より柔軟性の高いものを諦めず探したい、と。
そんな松本さんに、他の油冷機への拡大は? と水を向けると、「油冷GSX-Rにこだわるのは、実は僕自身がGSX-Rが大好きだから。GSX-Rスペシャルショップの立ち位置で、油冷機にも取り組んでいるつもりです。もしこの先、余力ができたとしたら、名車といわれるK5(’05年型GSX-R1000)向けのパーツなんかを作ってみたいですね」(同)
とはいえ、そんなm-tchのこれからの活動は、油冷機ファンなら決して見逃せないはずだ。
まずはメインハーネスのカプラーにタンクマウントラバー。3Dプリンターでの樹脂パーツ市販は拡大中だ
上写真は試作時に撮った、ハーネス・コネクター。注目は細かな造形が可能なことで、純正コネクターの爪部も再現。下写真は同コネクターを使って市販化されたGSX-R750J/K/L、GSX-R1100K/L用メインハーネス。750/1100の初期型用も発売済みで、これで750/1100の前・中期が揃い、最終型(M・N)用が完成すればコンプリート!。
3Dプリンターで製作した、開発途中という初期型GSX-R750用タンクラバーを見せてくれた。上は「クッション,フューエルタンクFR」で、下が「クッション,フューエルタンクサイド」の、それぞれのリプレイス品。ともに純正廃番品だ。触れればゴムに似た柔軟性。完成次第、市販化される。
ゴムパーツのリプレイス品は国内大手メーカーとの協力で実現
こちらが今、大手ゴムメーカーとコラボで開発中という、チェーンスライダー。上写真手前が前期型用で後が後期型用。下写真の通り、前期型(写真内左)になかったチェーンガイド用リブを設ける(写真内右)など、細部に進化も見える。なんとか年内に発売に漕ぎ着けたいという。
乗り味を高めるリヤショックはハイパープロとのコラボモデルだ
輸入発売元のアクティブとのコラボ、同店専売品のハイパープロ製油冷GSX-R用リヤショックはすでに販売中。サブタンク/HPA付きのフルアジャスタブルタイプ(写真上)とエマルジョンタイプ(写真中)があり、対応車種はGSX-R750がH/G/H/RR、GSX-R1100ならG/H/Jの前期用。ともに、m-techによるオリジナルセッティングが施されたものだ
【協力】m-tech(エムテック) TEL075-932-6677 〒612-8486京都市伏見区羽束師古川町174-3 https://www.mc-m-tech.com/
※本企画はHeritage&Legends 2024年3月号に掲載された記事を再編集したものです。
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