テクニクスが純正フォーク用として開発したTASCは、純正品のインナー/アウターチューブを使いつつ、内部をアップグレードするというシステムだ。そしてこの機構を利用して、カートリッジダンパーを導入したTZRは、抜群の安定感を獲得したのである。上写真、TASCを装着したTZRを駆るのは当連載の主治医にして、僕のライディングの先生でもある、クオリティーワークスの山下 伸さん。この頃の山下さんはZXR250のチューニングに熱中していて、2018年4月の筑波ツーリストトロフィーではN250Fクラスで3位に入賞したほどの腕前。
僕のヤマハTZRのフロントフォークは、1989年型3MA用のφ41㎜正立式だ。インナーチューブは1KTのスタンダードより2㎜太いけれど、減衰力発生機構は昔ながらのダンパーロッド式だ。改めて振り返ってみると、2017年の夏ぐらいから動きに不満を感じるようになった気がする。と言っても、ダメダメとか使えないというわけではない。でも、筑波やエビスサーキットでのベストタイムを徐々に更新していく中で、コーナー進入時の感触が、どうにも頼りなくなってきたのだ。
だから僕は、バネレートやフォークオイルの番手/油面を変更し、さらにはダンパーロッドのオリフィス加工も検討したが、それらの手法では、根本的な解決は難しそう。そんな中で、サスペンション・スペシャリストのテクニクスに、フォークの内部構造を一新するTASC(テクニクス・アドバンスド・スマート・カートリッジ)の相談を持ちかけたのだ。そしてついに3MAフォーク用が完成したので、今回はその効能の報告をしたい。
筑波サーキットで行ったテストには、僕のTZRの主治医であるクオリティーワークスの山下さんも同行。まずは既存の3MA用フロントフォークのフィーリングを再確認し、続いてTASC仕様に交換してコースイン(フォークは2セットを準備した)。果たして、その結果はどうだったかと言うと……。
それこそ劇的な変化だった。TASCを得たTZRは、コーナー進入時に今までよりハードなブレーキングができ、フロントまわりが安定しているおかげで、ラインの自由度が上がっているし、クリッピングポイント付近での車体はしっとり落ち着いている。実は今まで、旋回中の車体姿勢の制御にリヤブレーキを使っていたのだが、この感触ならブレーキはフロントだけに集中できる。TASC仕様のフォークは楽に、そして速く走れるのだ。以下は山下さんの感想。
「ダンパーの利き方がものすごくリニアになりましたね。この感触は積層式のシムを使うカートリッジ式ならでは。筒に開いた穴で減衰力を管理するダンパーロッド式では絶対に実現できないでしょう。僕もこうしたテストは初めてですが、カートリッジ式とダンパーロッド式で、ここまで大きな差があるとは思いませんでした。マシン全体の印象としては、これまでの中村さんのTZRは、ナイトロンのショックを採用したリヤが主で、フロントは従という感じでしたけど、現状はフロントもリヤも主、と言っていいような気がします」
残念ながら、今回のテストでは僕も山下さんもクリアラップが取れずタイムうんぬんには至らなかったが、これなら確実にベストタイムが更新できたはずだ。なお、テクニクスでは、現行車用を中心としたTASCのラインナップを拡大する一方で、今回の3MA用のような、旧車用のワンオフ製作も受け付けている。
フォークを純正からTASC仕様に交換した後はスタンドを外して車体を直立させ、フロントに加えて、リヤの動きも確認。この作業を山下さんと行っていたら、筑波サーキットのアドバイザーを務める、現役レーシングライダーの小室旭さんが通りかかったので、前後ショックの動きを見てもらった。フォークを何度かストロークさせた小室さんは、TASCの動きに感心した様子だった。
3MA('89年型TZR250)の純正フォークを全バラしたところ。インナー/アウターチューブはスライドメタルを交換してそのまま使用するが、右下に並ぶトップキャップ/ダンパーロッド/オイルロックピース/スプリングは、下写真のテクニクス製に交換した。
TASCを構成するパーツ群。本文では触れていないが、スプリングは0.65kg/mmのシングルレートに変更。ちなみに純正スプリングは0.55〜0.65kg/mmの可変レートだ。
TASCのキモとなる減衰力発生機構には、高性能リヤショックと同様の積層式バルブ+穴開きピストンを使用する。ロッドやボトムピースはアルミ削り出し品だ。
純正フロントフォークの減衰力は、スチール製ダンパーロッド側面の穴に依存する。この構造では、ストロークに応じたリニアな減衰力の発生は難しい。
TASCの内容は純正フォークの仕様によって多少変化する。純正フォークに減衰力調整機構が備わっていない場合は、片方がCOMP:圧側、もう一方にREBOUND:伸び側アジャスターを備える、ワンバイワン方式になるのが一般的だ。プリロードを調整する際はC型プレートの増減で行うため、トップキャップの開閉が必要だが、外部から調整できる仕様も存在する。